イギリスとフランス間の百年戦争をご存じだろうか?
百年戦争は14世紀~15世紀に渡って、当時のフランス王国とイングランド王国、現代におけるイギリスとフランス間で実際に起きた戦争である。
かの有名なジャンヌ・ダルクが活躍した戦争として知っている人も多いのではなかろうか?
この戦争はその名の通り、開戦から終戦まで100年の歳月を要しており、戦争の結果は今日のイギリス・フランス国境線として今でも色濃く残り続けているのである。
話は変わるが、現代においてもイギリス国内で130年に渡る戦争が起きていたことをご存じだろうか?
戦争と言っても武器をとり血を流し争ったわけでは決してない。
弁舌という武器で互いに自己の優位性を主張しあう、実に平和的な戦争である。
英国において130年もの長きに渡り議論された議題とは・・・!!
『至高の紅茶の入れ方”紅茶”が先か”ミルク”が先か』
つまり、紅茶を飲む際にカップに注ぐのは”紅茶”が先か”ミルク”が先かという議論である。
心底どうでもいい、イギリス人頭おかしいんとちゃうか?
本日は19世紀末~21世紀初頭にかけてイギリス国内で実際に起こった”現代の百年戦争”を紹介しよう。
~目次~
ことの発端
紅茶の国イギリス。
この国では常日頃から紅茶の飲み方で熱い議論が繰り広げられている。
これは紅茶キチ紅茶愛好家が多いことに加え、そもそも議論好きな国民性があるからであろう。
そして、1870年ごろ、この紅茶議論に核爆弾級の議題がもたらされた。
じゃあさ、紅茶の前にミルクを入れるほうがええの?
それとも後のほうがええの?
火ぶたは切って落とされた
現代における百年戦争の幕開けである!!
意見の対立
この議論は瞬く間にイギリス全土に広がった。
イギリス中の紅茶ジャンキー紳士・淑女たち、老いも若いも、著名人から庶民に至るまで弁舌を尽くしたのである。
それぞれの主張を見ていこう。
紅茶が先派(MIA)
紅茶を先にカップに注ぎ、そのあとミルクを入れる人たち、通称“Milk in After”(MIA ※ミッションインポッシブルの新作ではない)の意見は以下の通りだ。
・紅茶の風味を損ねない
・ミルクの量を好みで調整できる
・そもそも、ミルクを先に注ぐのはミルクティーを飲む前提でとなり、そこに他の飲み方をする余地がない
ちなみに、イギリスの作家『ジョージ・オーウェル』はエッセイ “A Nice Cup of Tea” の中でMilk in Afterを主張している。
ミルクが先派(MIF)
続いてミルクを先にカップに注ぎ、そのあと紅茶を入れる人たち、通称”Milk in First“(MIF ※ミッションインポッシブル・フォールアウトではない)の意見は以下の通りだ。
・ミルクと紅茶がよく混ざり、紅茶の香りが引き立つ
・カップがに茶渋がつくのを避けられる
・カップが割れにくい(これは当時のティーカップが非常に薄くもろかったため、熱い紅茶をいきなり注ぐとひび割れてしまう恐れがあったことに由来する)
王立化学会による声明文の公布
イギリス人は1870年ごろから130年に渡りこの愚かな議論を繰り広げたのである。
正直どっちでもいいよね。
しかし、事態は2003年に終息を迎えることになる。
130年に渡るこの不毛な議論にとある機関が声明文を出したのだ。
その機関の名は『Royal Society of Chemistry(RSC)』
和名『王立化学会』というイギリス王室の勅命を受け設立された、イギリスを代表する勇所正しき学術機関であり、化学の専門機関がこの議論に声明文を出したのだ!
実はこの2003年という年は、MIA(Milk in After)派の大物作家ジョージ・オーウェルの生誕からちょうど100年を迎える年だったのだ!!
この年にRSCは2本の声明文を出している。
1本目は”New Release #1“
2本目は”New Release #2:How to make a Perfect Cup of Tea“
である。
New Release #1
New Release #1 は要約すると、以下のことが書かれている。
・ジョージ・オーウェルという偉大な作家が生誕して今年で100年である
・この作家は自身のエッセイ “A Nice Cup of Tea” の中で最高の紅茶の入れ方を綴っている
・また、別のエッセイ “What is Science?” では公然と科学者を馬鹿にしやがった!
・でも、俺らRSCは全然そんなこと気にしてないぜ
・とりあえず、生誕100年を祝ってお前のエッセイのお茶の入れ方を科学的に考証して、本当に最高のお茶の入れ方を発表してやるからな!!
その後、オーウェルの主張を振り返る(以下オーウェルの主張)
・茶葉はインドかセイロンを使う(中国茶はクソ)
・お茶は濃いほうがいい(約1Lにティースプーン山盛り6杯の茶葉)
・ミルクは後入れだ(量が調整できる)
・砂糖は入れるべきではない(彼は著書の中で「紅茶に砂糖を入れて味を台無しにする奴が真の紅茶愛好家だろうか?その行為は塩や胡椒を入れるのと何ら変わらない。紅茶はビールのように苦くあるべきなのだ」と言っている)
顔真っ赤である。
自分たちを馬鹿にしたオーウェル許すまじ感が出まくっている。
これが英国の勇所正しき学術機関なのである。
New Release #2:How to make a Perfect Cup of Tea
その後に出された “How to make a Perfect Cup of Tea” にて至高の紅茶の入れ方を書いているが、これが明らかにオーウェルの主張を意識したものとなっている。
以下に要約を示す。
オーウェルとの相違点
・茶葉としてアッサム産のものを使う
・茶葉はそんなにいらない(一杯に茶葉2g)
・ミルクは先にカップに注いでおく(MIF)
・好みで砂糖を入れる
見てわかる通り、真っ向からオーウェルの主張を否定する内容がところどころに含まれている。
オーウェルに馬鹿にされたのが本当に許せなかったのだろう。
そして、これらの中でとりわけ注目されるのが、今回の話、現代の百年戦争の議題でもある “ミルクは先にカップに注いでおく” というMilk in Firstの主張である。
ここでは、高温の紅茶に低温のミルクを加えた場合、ミルクの温度が上がりすぎて、タンパク質の変性による雑味を生んでしまう。
逆に、ミルクに高温の紅茶を注ぐ場合はミルクの温度上昇が緩やかでタンパク質の変性が少なくなり雑味が少なくなると主張している。
実に科学的ではないか。
さすがは英国が誇る学術機関である。
戦争の終結
こうして晴れて Milk in First の優位性が科学的に証明され130年に渡る長き議論に終わりを告げたのであった。
なお、Milk in First の正しさを証明されてもなお、その事実を受け入れられない敗残兵たち(MIA)が、いまだに激しい抵抗を続けているのも事実である。
そういった点から考えても、この戦争の本当の終結はまだまだ先なのかもしれない。
ネタばらし・まとめ
ここまでイギリスの紅茶にまつわる話を書いてきましたがいかがだったでしょうか?
日本でも、このニュースは発信されていたので知っている人も多かったのではないでしょうか?
ただ、どのニュースもまじめなニュースとして取り上げていたので、この話を信じている人も多いのではないかと思い、本記事を書きました。
この記事に書いてあることは、戦争だなんだと誇張している点以外はすべて事実です。
ただ、これらの話は事実であるとともに英国ジョークであるということを理解しておいてください。
背景としては、イギリス国内で紅茶を入れる際に『紅茶が先(MIA)かミルクが先(MIF)か』という議論があり、それが130年(今もなお続いているので140年)続いているということは事実です。
しかしながら、イギリス人たちは自分たちでこの議論をあげつらって、「紅茶のこんな些細なことで議論しているのはうちの国ぐらいだ」とネタにしてるんです。
日本における『きのこたけのこ戦争(きのこの山かたけのこの里か)』と似たようなネタなんです。
そこに、『王立化学会』という大権威がこのジョークに参戦してくるわけです。
この辺から日本人にはこの話がジョークであると理解できなくなってしまうんですね。
「権威ある学術機関が言っているから間違いない」「王立化学会がMIFに結論付けた!」と思ってしまうわけです。
日本の感覚だとあまり理解できないかもしれませんが、アメリカやヨーロッパでは、このような権威や公的なメディアがジョークをかますことがそれなりにあります。
文化圏の違いなんでしょうけど、日本人からはジョークだってわかりにくいですよね。
でも、ジョークとしてこの話を改めて見ると、学術の権威ですらこんなしょうもないジョークを飛ばせるこういった分化が少し羨ましくもなりますね。
日本人はもっと砕けた生き方をしていいと思う今日この頃なのでした。
ちなみに、文章中ではRSCがオーウェルを目の敵にしているように書いてますが、実際はそんなことはなく、オーウェルに最大限の敬意を表しています。
彼らはこの騒動を通じて国民全体に議論の場を提供したかったのだと思います。
そして実際に、この声明のあと議論好きな国民性からなのかイギリス人の間で紅茶の美味しい飲み方に関する議論が再燃したそうです。
ではではノシ